見る前になんとなく想像していた物語と、見てみたら「全然違った!」というドラマや映画って時々ありますよね。
AppleTV+の「ニュールック」は、まさにそんなドラマでした。しかもいい意味で。
見る前は、「ニュールック」のタイトル通り、クリスチャン・ディオールがほかのデザイナーとしのぎを削り合いながら、新たなデザインを創り出すといった、華やかでキラキラしたファッション業界ものをイメージしていましたが、全く異なる物語でした。
見てみると、想像以上に「骨太で上質」な物語でした。
デザインとは?ファッションとは?何なのか、その本質を考えさせてくれ刺激してくれるドラマです。
序盤は内容が重く、見るのがしんどいかもしれませんが、ファッション・デザインを志す人にぜひぜひ見てもらいたい作品です。
1話だいたい50分、全10話で美しく完結するリミテッドシリーズです。
ナチス占領下 対比的に描かれるディオールとシャネル
物語の導入は1955年、デザイナーとして成功を遂げたディオールの、学生へ向けた講演会。学生のある質問に対するディオールの回答から始まります。
「第二次世界大戦中、ドイツ占領中のパリで、シャネルは店を閉め、ナチスの婦人たちのために服を作るのを拒否したが、ディオールはナチスのために洋服を作り続けたのはなぜか?」という質問への、ディオールの答え。
「私がナチスの婦人たちに服を作ったことは真実だが、
でも、真実の裏側には、常にもう一つの真実が存在することをわかってほしい。私には、創造こそが、生き残る術(すべ)だった」
そして、物語の舞台は、第2次世界大戦時のナチス占領下へ。
物語前半に描かれるのは、ディオールが語った「真実の裏側の、もう一つの真実」です。
ディオールとシャネルがどんな服作りをしたか?ではなく、第2次世界大戦時のナチス占領下で、「どのように生きのびたか?」。
クリスチャン・ディオールは、ナチスに囚われた妹・カトリーヌを救出するために奔走します。妹思いのクリスチャンが、あらゆる手段を使ってでも妹を取り戻そうとする序盤は、まさに「藁にもすがる思い」。
一方のシャネルは、自分を裏切ったユダヤ人のビジネスパートナーから会社を取り戻してもらったことがきっかけで、ナチスとの距離が近づきます。ナチスの極秘任務までやらされるはめに。
ディオールとシャネルの生きざまとキャラクターが、対比的に描かれ印象的です。とにかく強気で好戦的、かつしたたかなシャネルに対して、ディオールは気が優しすぎて受け身でちょっと弱気。
2人のキャラクターは両極ですが、共通して描かれるのはナチス占領下で「どう生きのびるか」ということ。ディオールがナチスのために洋服を作ったのは、決して好んでではなくやむを得ずでした。決してナチスの庇護下で甘い汁を吸っていたわけではなく、その一方で、ナチスに囚われた妹を救おうと奔走し続けるのが「もう一つの真実」だったのです。
兄と妹の絆 ベン・メンデルソーンとメイジー・ウィリアムズ
ドラマの大きな軸は、兄クリスチャン・ディオールと、妹カトリーヌの物語。
主人公クリスチャン・ディオール役 ベン・メンデルソーンが素晴らしいです。
上品で物憂げさあふれる演技、序盤はその物憂げな演技が思わせぶりすぎかとも思いましたが、終盤になるほどそのアンニュイさが効いてきました。
クリスチャンの妹カトリーヌ役の俳優さんが、個性的な顔立ちで印象的だなあと見ていたのですが、ゲーム・オブ・スローンズのアリア役メイジー・ウィリアムズだと気づいて一気に高まりました!
アリア時代からすっかり大きくなりましたね。今回も、ゲーム・オブ・スローンズ同様、だいぶ苦難の道を歩む役でしたが、彼女の演技力があったからこそ、ディオール兄妹の物語がより深く刻まれたと思います。
物語前半の、ナチスに囚われたカトリーヌの苦難と、クリスチャンが妹を探し続ける展開は、正直見てて辛すぎましたが、その辛さがあったからこそ、後半の2人の絆に何度もむせび泣いてしまいました。
ココ・シャネル役はジュリエット・ビノシュ 絶妙な憎まれ演技
ディオールと対比的に描かれるココ・シャネルを演じたのはジュリエット・ビノシュ 。
個人的に、いつしか苦手な女優の1人になっていたジュリエット・ビノシュですが、今回は見事な憎まれ演技でした。
自分本位で超わがまま、ですがその分、勝つためになりふりかまわず必死なビノシュ版ココ・シャネル。そこに善悪もろとも呑み込んだ吸引力と説得力がありました。当時の圧倒的な男性社会の中で、女性が勝ち抜き生き残るためには、このぐらいのしたたかさと執念が必要だったのかもとも感じさせる演技でした。
嫌われがちなビノシュのセルフイメージを、役と演技に昇華させる、すばらしいアプローチだったと思います。以前、「プラダを着た悪魔」のメリル・ストリープに感じたのと似た感覚でした。
そして、ファッションが立ち上がる 美しい最終話
ドラマ後半、終戦を迎え、ついに待ちに待ったファッションのストーリーが立ち上がります。前半は辛いシーンが多かったので、ようやく華やかな展開になるかと思いきや、それでもなお、容赦なく落としてくる戦争(ナチス)の影。このドラマはほんと骨が太いと感じました。
最終話10話は、ほんとうにほんとうにすばらしかったです。終盤はずっとむせび泣いてしまいまいした。
ディオールのインスピレーションの源が、家族であり愛する妹だった、序盤から丁寧に丁寧に積み重ねてきた(時には見るのが辛すぎるとすら感じた)兄と妹の物語が、ディオールの新しいデザインとともに、まさに花開いた瞬間でした。
「私たちは知っています 生への渇望を。人々は再び感じ 夢を見る必要がある。人生を取り戻す。新たな世界を作るんです。」
講演会でディオールが学生に向けて語ったこの言葉が、見事にディオールの妹カトリーヌへの思いとシンクロしました。
また、名優ジョン・マルコヴィッチとグレン・グロースも出演しているのですが、正直途中までは、2人に演じさせるにはちょっともったいない役だなと感じていました。
ですが、2人の最終話での圧倒的説得力に、このためだったのか!と膝を打ちました。パズルのピースが完璧にはまった、美しい最終話でした。
まとめ あまり見られていないのが悔しいほど良質なドラマ
「ニュールック」、全10話で一本の長い映画を見終えたような、長い旅を終えたような、良質な映像体験でした。
オートクチュールのように、丁寧に丁寧に作られた、良質な作品だと思うのですが、日本ではただでさえあまり見られていないAppleTV+の中でも、「ニュールック」はあまり見られていない状況で、もったいないなあと思ってしまいます。
特に、ファッションやデザインに興味ある方には、改めて、ファッション・デザインの本質について考えるきっかけにもなるのではないかと思うので、ぜひぜひ見てほしいドラマです。